興味半分の極み管理人―ヒジリの行き当たりばったりな日々の一端を載せております。
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星一つ見えぬ魔界を闊歩する悪魔の群れ。彼らが通った後に残るのは先住民やそれを守る軍勢の亡骸だけであった。
「……やはり、な。」
ベンガーナ近郊の森林地帯に感じた気配を伝ってたどり着いた先は、想像を絶する地獄絵だった。旅の扉を進み、魔界へと降り立ってすぐにカンダタの目に映った瓦礫と屍の山。そして、無秩序極まりないこの破壊をなした悪魔達の姿だった。
「ええ。数日前に来たときにはもうこの有様でした。」
このような死地を訪れていた恰幅の良い男が頷きを返していた。様々な雑貨を積めた巨大な背負子と、腰に帯びた重厚な剣、そして右手に担いだ算盤状の飾りをもつ巨大な錫杖が特徴的な、いかにも商人らしき風貌だった。
彼もまた異世界より迷い込み、同じ境遇の者達を支えるべくして交易を行っていた。その最中で、この町の惨状に見たという話だった。
「そこで生き延びてるって大したもんだな、旦那も。」
「いやいや、あの魔物を相手取れるあなた程ではありませんよ。」
そのような場で生き抜いていることに感服するカンダタに対して、商人もまた言葉を返していた。いくらか悪魔達に見つかり襲撃を受けてはいたが、その人間離れした身体能力と巨大な戦斧を以て鮮やかに返り討ちにしていた。
カンダタもさることながら、その光景を目の当たりにして笑い話にしている彼自身もまた相応の修羅場をくぐり抜けてきたことを伺い知ることができた。
「しかし、ベンガーナも今度はもたないでしょうな。こればかりは先刻に見た勇者殿でもどうしようもないはずです。」
「勇者って……ああ、あのへんちくりんな鎧のボウズか。」
自分達も巻き込まれた超竜軍団のドラゴンの襲撃だったが、その大部分の収拾をつけた少年の事は印象に残っていた。少女から聞いた超竜軍団長と同じ紋章の力を操り、ヒドラとドラゴン数匹を歯牙にもかけずに瞬時に倒す実力を持つと噂されていた。
だが、魔王軍に飼い慣らされてた畜生と成り下がった者達と違い、こちらは純然たる殺戮者であり、数も多い。今の彼には、一体一体が強い者をまとめて葬り去ることなど出来ず、今度は守り切ることはできないだろう。
「嬢ちゃんとあのチビ助は無事なんだろうな?」
だが何より、カンダタにとってはまだあの場に残っているであろう仲間達のことが気がかりであった。これだけの勢力に巻き込まれてしまえばただでは済まないだろう。今はただ、無事に逃げ延びてくれているのを祈ることしかできなかった。
けたたましい笑い声と火に焼けた木々の弾ける音が宵闇に鳴り響き、炎に照らされる無数の翼ある影が空に現れる。それらは空を覆う細長く巨大な影の主に向けて甲高い奇声を上げながら一斉に襲いかかっていた。
影同士が重ならんとした瞬間、うねり狂う影が、地上から襲いかかってきた者達を文字通り一蹴し、吹きつける炎がまとめてそれらを焼き尽くした。
「何度やっても同じことだろうがあ!!この雑魚どもが!!」
一瞬にして敵を蹴散らしながらガルダンディーが嘲笑を込めて言い放つと共に、、スカイドラゴンのルードが吼え、辺りを震撼させた。
「しかし、なんなんだ?この森の魔物どもは。」
眼下で焼き払われる森の内より聞こえる哄笑の主たる者達を殺戮の端から眺める者が首を傾げている。
天を指すように立ち上る金髪と人間にあらざる青い肌を持つ青年-巨大な槍を携えた魔族の戦士だった。
「オレが魔王軍と知るなり刃向かってきやがったバカ共だ。何度も皆殺しにしてやったってのに懲りねぇ奴らだよ。」
「……バラン様が仰せになっていたのはこいつらのことか。」
会話しながらも、ガルダンディーはルードと共に沸いて出てきた敵を片手間で迎撃し続けている。
並の人間では太刀打ちできないような速度と力で次々と踊りかかってくる翼ある者達、それは魔界でもよく見る悪魔-デーモン族のモンスターだった。
「命が惜しくないのか、こいつらは。確かに戯れに走るお前一人に任せられる相手ではないな。」
「……面目ねえ、ラーハルト。」
蝙蝠の耳と翼を有する白銀の大猿。まさに悪魔の典型とも呼べる魔物-シルバーデビル。これを筆頭とした悪魔の軍勢が、死すらも狂喜するかの如く、次々と踊りかかってくる。
紙一重の隙を縫われて負けたばかりの所に青年-ラーハルトに苦言を呈されて、ガルダンディーは何も言い返せずに肩を竦めるばかりだった。
「魔界でまだこれだけの力を残してる反対勢力などいなかったはず。やはり……」
一度ガルダンディーが徹底的に叩いたこともあったが、それでなおも再び現れる数は止まる所を知らない。大魔王が従えし魔王軍の手によって殆どが制圧されたはずであったが今尚もこうして戦いを挑む勢力があることに、最初から彼らは疑問を隠せずにいた。
「間違いねえ。あの小娘と同じだ。」
自分を打ち破ったあの少女もまた、あまりにこの世界のことを知らぬ異世界の住人であると知れた。そして、この世界の人間の規格に当てはまらない異質な力を持つ彼女と同じように、この悪魔の群れもこれまでのモンスターにない凶暴性を秘めているのが見て取れる。
ガルダンディーもまた、いち早くこの世界に起こった異変の本質を朧気ながらも悟ることになった。
辺りを覆う樹林が爆音と目映い滅光と共に不意に砕け散る。その奥から次々に現れる者達もまた、命そのものを燃やすような光に包まれている。
シルバーデビルの群が、甲羅を纏った深紅のドラゴン-ガメゴンロードに襲いかかった。
「ベギラマ」
空気が焼ける程の強烈な光が上級の閃熱呪文により呼び起こされ、白銀の悪魔達が一斉にその背に乗る巨漢へと呪文の力を浴びせかける。
「ぬうっ!?こしゃくな!!死ねえええい!!」
次々とベギラマを撃たれ、そのドラゴンライダーは歯噛みしつつ苛立たしげに唸った。その手に持つ巨大な鎖付きの錨を振り回してその閃光を打ち払い、ガメゴンロードに張り巡らせた光の壁が呪文を跳ね返す。
猛りを上げながら次々とシルバーデビル達を薙ぎ払い、蹴散らしていく。
「メガンテ」
「!!」
それでも尚、気圧されるどころかますます狂喜と殺気をみなぎらせて突撃し、口々に同じ呪文を唱え始める。命そのものを一瞬で燃やしつくし、相手にぶつける最後の攻撃呪文-メガンテ。
「何ぃっ!?」
一度に複数襲いかかる捨て身の爆発が堅牢な光の壁もろともガメゴンロードを巻き込み、辺り一帯をまとめて吹き飛ばした。
「……フン、情けないドラゴン共よ。この程度の輩にやられようなど。だが、それでこのオレ、海戦騎ボラホーンを倒せるとでも思うたか!!」
土煙の中から、巨漢の獣人が出てくると共に蔑むような声が聞こえてくる。力任せに持ち上げて、まるで使い者にならないゴミを放るかの如くガメゴンロードを投げ飛ばす。あの爆発の瞬間にガメゴンロードをとっさに盾としてメガンテから逃れているようだった。
海に住まう獣人-トドマン族戦士にして、竜騎衆が一人、海戦騎ボラホーン。ガメゴンロードを持ち上げるだけの怪力を有する戦士だった。
「その目は何だ?貴様もドラゴンに頼らねば満足に戦えぬ臆病者か?」
自分が盾としておきながらドラゴンを蔑ろにしているのを見て、同じドラゴンライダーとして不満を隠せずにいられない。そんな少女の視線を受けても、ボラホーンにとっては弱者の偽善としか思わずに嘲っていた。
いつも共にいるイースの姿もなく、ましてバランとの戦いの折りに鎧も失っている。今纏っているのは、魔族の女戦士に向けて作られた、水着のような深紅の軽装鎧だけだった。
乳房を覆う胸甲と肩当ての優美な装甲のみの最低限の防御部位しかなく、襤褸と化している厚い布のマントと負傷した右手に巻かれた包帯と残った左腕の手甲部分を除いては余すことなく肢体を晒す状態になっている。それにより、すらりと細長く引き締められた手足と細身の体躯からくる戦士らしさと、陶器のような滑らかな白みを帯びた柔肌からくる女性らしい艶めかしさを目にすることができた。
だが、身につけた者の魅力を引き立てるこの鎧も、露出度の高さから実用的な防護性能に乏しい儀礼用の鎧の域を出ないものでしかなかった。鎧の材質そのものこそ優れ動き易さもそれなりにあったが、実践的なものでは決してなく、長期戦に向かないものだった。
「貴様如きが竜騎衆の名に泥を塗ろうなどな。全く、バラン様もガルダンディーも、こいつ如きにてこずろうなど、何があったというのだ。」
破邪の剣を振るいシルバーデビルの猛攻を耐え凌いではいるものの、迂闊に反撃に転ずることもできずにいた。元々の鎧を失い、殆ど身一つの状態の中で劣性に立たされている姿を見て、ボラホーンが蔑みの目を向けてくる。
そうしてまた一体に手間取っている間に、瞬く間に新手のモンスターに囲まれていく。
「イオラ」
一斉に襲いかかってくるところを辛うじてかわし、呪文を唱えながら魔物に向けて手のひらをかざす。呪文により呼び起こされた流れが手の内に集まり、光を帯び始める。
「かぁあああああ!!」
次の瞬間、ボラホーンが集まったシルバーデビルに向けて気合いと共に強烈な冷気を帯びた息を吹きつけた。吹雪のように襲い来る極冷の風が悪魔の群れを一瞬で凍り付かせ、次いで振るわれる鉄の錨が芯まで凍りついた彼らを粉々に打ち砕く。
「フン、それしきで音を上げようなど、これだから人間は。」
とっさに身をかわしたものの、ボラホーンの吐いた氷の息に巻き込まれていた。厚布のマントが砕ける程の冷気の側にあって一気に体の熱を奪われて無傷では済まず、その痛手に思わずよろめく。
そんな己の攻撃で傷ついた姿を前に、ボラホーンは悪びれるばかりか更に嘲笑を深めていた。
「……だが、シルバーデビル如きと言えどもこれ程束になって襲ってこようなどな。成る程、これではガルダンディーごときの手に負えぬわけよな。」
騎馬としていたガメゴンロードを捨てる手を打たせ、尚も命を省みない連携で襲いかかる敵手に脅威を抱かざるを得ない。
竜騎衆級の強者でも、それも油断して小娘一人に負けたガルダンディーならば尚更、これだけの規模のモンスターの軍勢を何度も相手にすることは難しいと、ボラホーンは実感していた。
「しぶとい奴め!!何度やっても同じことだ!!」
尚も四方八方から襲い来る悪魔の群を見て、苛立たしげに吠えながら、再び氷の息吹と鉄の錨で迎え討とうとする。
「イオラ」
「!」
だが、その瞬間、再び唱えられた呪文と共に、少女が右手に束ねていたイオラの光がそれらの悪魔の群に射かけられ、着弾と同時に爆ぜる。その爆発に触れた瞬間、彼らの体が氷ついて先の者達と同様にして砕け散っていた。
「これはオレのコールドブレス……貴様、何をした?」
一度目のイオラを唱えた時にかすめ取ったのだろうか。先程放った氷の息吹と同じような、否、同じ冷気そのものをぶつけた結果であることは明白だった。
悪魔の群れに追いつめられていた時とは別人のような芸当をやってのけたこの小娘を見る目から嘲笑が消え、その異様に対する怪訝の念を湛えていた。
どこの馬の骨とも知れない者が竜騎衆に匹敵する力を以ていつ牙を剥かんとも限らないと思うと、不快感を禁じ得なかった。
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